日本マクドナルド事件(変形労働時間制)
名古屋⾼裁 令和5年6⽉ 22 ⽇判決(労働判例 1317 号 48 ⾴)
1.事案の概要
原告(以下、 「X」という。)は、昭和 59 年、ハンバーガーショップを運営する被告
(⽇本マクドナルド株式会社、以下「Y 社」という。)に正社員として⼊社し、別店舗
での勤務を経て、平成 29 年5⽉以降は 24 時間営業のA店において店舗マネージャー
として勤務していた者である。Y社は、全国で多数のハンバーガーショップを展開す
る企業である。Xは、平成 28 年に⼼筋梗塞を発症して休職し、その後リハビリを経て
復職したものの、退職勧奨を受け、平成 31 年にY社を退職した。
Xは、退職後、本件退職勧奨が違法であったと主張するとともに、Y社に対し未払
賃⾦の⽀払いを求める訴訟を提起した。その中で、変形労働時間制の有効性が争点の
⼀つとなった。Xは、就業規則に定めていない店舗独⾃の勤務シフトは労働基準法の
要件を満たしておらず、変形労働時間制は無効であると主張した。
Y社の就業規則には、店舗マネージャー(正社員)の労働時間について、以下の定め
があった。
(ア)所定労働時間は、毎⽉1⽇を起算⽇とする1カ⽉単位の変形労働時間制とし、
1カ⽉を平均して1週間 40 時間以内とする。
(イ)各社員に対して、前⽉末⽇までに、勤務割で、各週各⽇の始業・終業時刻を通
知する。
(ウ)各勤務シフトにおける各⽇の始業時刻、終業時刻及び休憩時間は、「原則とし
て」次の4つの勤務シフトの組合せとする。
・O シフト:午前5時〜午後2時(休憩時間:午前9時より1時間)
・D シフト:午前9時〜午後6時(休憩時間:午後1時より1時間)
・C シフト:午後3時〜午前0時(休憩時間:午後8時より1時間)
・N シフト:午後8時〜午前5時(休憩時間:午後 11 時より1時間)
しかしながら、実際にXが勤務していたA店においては、就業規則に定められた4
つの勤務シフト以外の、店舗独⾃の勤務シフトを⽤いて勤務割が作成されていた。店
舗の店⻑が作成する勤務割表には、就業規則に記載のないシフトパターンが⽇常的に
使⽤されていたのである。
(1)地位確認請求
X と Y 社との間の労働契約(本件労働契約)が平成 31 年 2 ⽉ 10 ⽇付け退職条件通
知書兼退職同意書(本件同意書)による合意解約により終了したと Y 社が主張してい
るとして、X が Y 社に対して雇⽤契約上の権利を有する地位にあることの確認を求め
た。
(2)賃⾦請求
本件同意書による退職の意思表⽰が無効である⼜は取り消されたことを理由とする
労働契約に基づく賃⾦請求として、予備的に、違法な退職強要があったことを理由と
する不法⾏為⼜は債務不履⾏(安全配慮義務違反)に基づく損害賠償請求として、退
職⽇の翌⽇である令和元年 5 ⽉ 1 ⽇から判決確定の⽇まで、毎⽉末⽇限り 45 万 4620
円及びこれに対する各⽀払期⽇の翌⽇から⽀払済みまで年 6 分の割合による遅延損害
⾦の⽀払を求めた。
(3)未払割増賃⾦請求
X が時間外労働を⾏ったと主張して、労働契約に基づき、平成 29 年 3 ⽉ 13 ⽇から
平成 31 年 2 ⽉ 12 ⽇までの未払割増賃⾦合計 486 万 0659 円の⼀部である 61 万 0134
円及びこれに対する最終の⽀払期⽇の翌⽇である平成 31 年 3 ⽉ 26 ⽇から⽀払済みま
で年 6 分の割合による遅延損害⾦の⽀払を求めた。
(4)付加⾦請求
改正前労働基準法 114 条に基づき、付加⾦ 61 万 0134 円及びこれに対する判決確定
の⽇の翌⽇から⽀払済みまで年 5 分の割合による遅延損害⾦の⽀払を求めた。
(5)慰謝料請求
①X が Y 社における過重な業務や違法な退職強要等により労作性狭⼼症及びうつ病
を発病したことを理由とする不法⾏為若しくは債務不履⾏(安全配慮義務違反)に基
づく損害賠償請求、⼜は②上司らによるパワーハラスメント等により⼈格的利益を侵
2害されたことを理由とする使⽤者責任(⺠法 715 条)に基づく損害賠償請求として、
慰謝料 500 万円の⼀部である 200 万円及びこれに対する退職⽇である平成 31 年 4 ⽉
30 ⽇から⽀払済みまで年 5 分の割合による遅延損害⾦の⽀払を求めた。
原審(名古屋地⽅裁判所)は、令和 4 年 10 ⽉ 26 ⽇、以下のとおり判断した。
(1)未払割増賃⾦請求について、⼀審被告に対し、未払割増賃⾦ 61 万 0134 円及
びこれに対する平成 31 年 3 ⽉ 26 ⽇から⽀払済みまで年 5 分の割合による遅延損害⾦
の⽀払を命じた。
(2)付加⾦請求について、⼀審被告に対し、付加⾦ 61 万 0134 円及びこれに対す
る判決確定の⽇の翌⽇から⽀払済みまで年 3 分の割合による⾦員の⽀払を求める限度
で認容した。
(3)地位確認請求、賃⾦請求及び慰謝料請求については、いずれも棄却した。
第⼀審(名古屋地裁令和4年 10 ⽉ 26 ⽇判決)は、Xの主張を認め、変形労働時間
制を無効と判断し、未払賃⾦約 61 万円(平成 29 年 10 ⽉1⽇から平成 31 年2⽉ 12
⽇までの割増賃⾦として 85 万 2882 円が未払いであると認定されたが、⼀部は別途⽀
払済み)の⽀払いを命じた。
これに対しY社が控訴した。
2.判旨
控訴棄却。
1.本件労働契約の合意解約による終了の有無について
「⼀審原告が本件同意書に署名押印したことについて、退職勧奨が複数回にわたって
⾏われていることや 、第3回⾯談の際にB・OMが家族と相談していないなら今⽇の
⾯談はやめておくかと尋ねたにもかかわらず、⼀審原告が今⽇署名すると⾃ら述べて
本件同意書に署名したこと、 〔中略〕⼀審原告が本件同意書に署名押印したことが⾃由
意思によるものではないともいえず、したがって、本件労働契約は合意解約により終
了したと認められる。」
3「さらに、第3回⾯談の際に、B・OMが家族と相談していないなら今⽇の⾯談はや
めておくかと尋ねたにもかかわらず、⼀審原告は、今⽇署名すると⾃ら述べて本件同
意書に署名したものである。」
よって、本件同意書による合意解約は有効であり、
契約に基づく賃⾦請求は認められない。
⼀審原告の地位確認請求及び労働
2.未払割増賃⾦の有無及び額について
(1)変形労働時間制の有効性
「⼀審被告の定める変形労働時間制は無効であるから、本件において適⽤されない。」
・⼀審被告が採⽤していた変形労働時間制は、労働基準法 32 条の 2 の要件を満たさず
無効と判断された。
(2)法定休⽇の認定
「⼀審原告の休⽇は、⼀審被告が定めることとされていたものであるから、⽇曜⽇を
法定休⽇とすべきとの⼀審原告の主張は採⽤できない。」
「⼀審被告は、当該期間の勤務表及びマネスケにおいて、⼀審原告の休⽇を特定の⽇
と指定していたと評価できるから、⼀審原告が実際に勤務しないことが予定されてい
る暦⽇が別の⽇であるとしても、⼀審被告がこれらの⽇を休⽇と指定していたと認め
ることはできない。」
「勤務表及びマネスケにおいて指定された休⽇を前提として、これが週に複数ある場
合には、そのうちの後の⽇を法定休⽇とするのが相当である。」
(3)未払割増賃⾦額
「⼀審被告の⼀審原告に対する未払賃⾦額は 85 万 2882 円であると認められるとこ
ろ、
⼀審原告はこの⼀部である 61 万 0134 円を請求しているから、⼀審原告の労働契
約に基づく未払割増賃⾦請求として 61 万 0134 円及びこれに対する最終⽀払⽇の翌⽇
である平成 31 年 3 ⽉ 26 ⽇から⽀払済みまで遅延損害⾦の⽀払を求める請求は理由が
ある。」
3.付加⾦請求の当否について
「⼀審被告が無効な変形時間労働制を定めて⼀部の割増賃⾦を未払としたことその他
4本件に顕れた諸事情を考慮し、付加⾦ 61 万 0134 円の⽀払を命じるのが相当であ
る。」
4.不法⾏為⼜は債務不履⾏(安全配慮義務違反)の成否について
(1)労作性狭⼼症発病との因果関係
「⼀審原告の時間外労働時間数等を検討した結果、リハビリ勤務の継続及びその後の
復職に特に問題は認められず、業務と労作性狭⼼症発病との因果関係を認めることは
できないから労作性狭⼼症発病に係る違法な権利侵害⾏為⼜は債務不履⾏(安全配慮
義務違反)に基づく損害賠償請求は理由がない。」
(2)うつ病発病との因果関係
「診療録の記載内容等を検討した結果、処⽅変更との関係でうつ病につき治癒と診療
録の表紙に記載されていること等からすれば、業務とうつ病発病との因果関係を認め
ることはできないから、うつ病発病に係る違法な権利侵害⾏為⼜は債務不履⾏(安全
配慮義務違反)に基づく損害賠償請求は理由がない。」
(3)退職強要の違法性
「⼀審被告による退職勧奨について検討した結果、退職勧奨が社会通念上相当と認め
られる範囲を逸脱したものとはいえない。」
・退職強要に係る違法な権利侵害⾏為⼜は債務不履⾏(安全配慮義務違反)は認めら
れない。
(4)個別の不法⾏為
「⼀審原告が主張する個別の⾏為(昼夜混合シフト、深夜勤務固定、通勤費未払、ダ
ブルイン指⽰、出勤停⽌を求める発⾔、PIP 適⽤等)について検討した結果、本件全
証拠に照らしても、これらの⾏為が不法⾏為に当たるとは認められない。」
3.評釈
判旨に賛成(変形労働時間制の有効性を中⼼に)。
合意解約の有効性について
本判決は、上司が⾯談延期を提案したにもかかわらず労働者⾃⾝が署名を選択した
点を重視した。労働者の⾃⼰決定尊重の観点から⼀定の合理性を有するが、PIP 不合
格通知直後という⼼理的圧迫下にある状況、代替的選択肢(異動・降格・PIP 再挑戦
等)の情報が⼗分に提供されていなかった点については、より慎重な検討が必要であ
ったとも考えられる。
安全配慮義務違反について
本判決は、労作性狭⼼症及びうつ病のいずれについても業務との因果関係を否定
し、安全配慮義務違反を認めなかった。労作性狭⼼症については時間外労働時間数等
を検討し、うつ病については診療録の記載内容等から治癒と判断されていたこと等を
考慮した。業務起因性の判断については、労災認定基準が参考とされる。脳・⼼臓疾
患については、発症前1か⽉間に 100 時間または2〜6か⽉間平均で⽉ 80 時間を超
える時間外労働がある場合に、業務との関連性が強いと評価される。本件では、この
基準に達していなかったものと推測される。
変形労働時間制の有効性について
変形労働時間制は、特定の⽇⼜は週において⻑時間労働を許容するものであるか
ら、労働者の健康確保及び⽣活設計の予測可能性の観点から、厳格な要件の下でのみ
認められるべきものである。
1 か⽉単位の変形労働時間制について
使⽤者は、事業場の労使協定または就業規則その他これに準ずるものにより、
⼀カ⽉以内の⼀定期間を平均し 1 週間あたりの労働時間が週の法定労働時間を超えない
定めをした場合には、法定労働時間の規定にもかかわらず、その定めにより、特定さ
れた週において1週の法定労働時間を、または特定された⽇において1⽇の法定労働
時間を超えて、労働させることができる(労働基準法 32 条の2第1項) 。
労働基準法 32 条の 2 第 1 項は、1 か⽉単位の変形労働時間制について、以下の要件
を定めている。
① 労使協定⼜は就業規則その他これに準ずるものにより定めること
② 変形期間(1 か⽉以内の⼀定の期間)を定めること
③ 変形期間の起算⽇を定めること
④ 変形期間を平均し 1 週間当たりの労働時間が 40 時間を超えないこと
⑤ 変形期間における各⽇、各週の労働時間を定めること
このうち、⑤の「各⽇、各週の労働時間」をどの程度具体的に定める必要があるか
が、実務上しばしば問題となる。
特に重要なのが「労働時間の特定」の要件である。⾏政解釈(昭和 63 年3⽉ 14 ⽇
基発第 150 号)は、変形期間内の各⽇、各週の所定労働時間を就業規則等でできる限
り具体的に特定すべきとしつつ、業務の実態から⽉ごとに勤務割を作成する必要があ
る場合には、
①就業規則等で各勤務の始業・終業時刻及び各勤務の組合せの考え⽅、
②勤務割表の作成⼿続、
③周知⽅法等を定めておき、
④各⽇の勤務割は、それに従って変形期間開始前までに具体的に特定していれば⾜りるとしている。
この「特定」の要件が設けられた趣旨について、裁判例(JR 東⽇本〔横浜⼟⽊技術
センター〕事件・東京地判平成 12 年4⽉ 27 ⽇労判 782 号6⾴)は、 「変形労働時間
制が労働時間の集中や不規則化など労働者の⽣活に悪影響を及ぼすおそれが⼤きいこ
とから、労働者に与える不利益を最⼩限にとどめ、適⽤を受ける労働者の⽣活設計と
の調整を図る必要があると考えられたためである」と判断している。
変形労働時間制の法定労働時間の総枠
変形労働時間制においては、変形期間における法定労働時間の総枠を超えて労働さ
せた場合、その超過部分は時間外労働となる。法定労働時間の総枠は「週の法定労働
時間 40 時間×(変形期間の⽇数÷7⽇間)」で計算される。例えば、31 ⽇の⽉であれ
ば、40×31÷7≒177.1 時間となる。この総枠を超えた所定労働時間をあらかじめ設定
した場合には、変形労働時間制の適⽤要件を満たさないことになる。
本判決の意義
(1)「原則として」という⽂⾔の評価
本判決の第⼀の意義は、就業規則において勤務シフトを定める際の「原則として」
7という⽂⾔の法的評価を明確にした点にある。
Y社の就業規則は、4つの勤務シフトを「原則として」定めるものであった。本判
決は、このような定めについて「就業規則で定めていない勤務シフトによる労働を認
める余地を残すもの」と評価し、労働時間の「特定」として不⼗分であると判断し
た。これは、変形労働時間制の適⽤に際しては、使⽤者側に裁量の余地を残さない形
で労働時間を特定することが必要であることを⽰すものである。このような判断は、
変形労働時間制の「特定」要件の趣旨に合致するものといえる。
(2)事業規模を理由とする例外の否定
本判決の第⼆の意義は、事業規模の⼤きさを理由として変形労働時間制の要件緩和
を認めなかった点にある。
Y社は、全国に多数の店舗を展開しており、各店舗の営業時間も様々であることか
ら、全店舗に共通する勤務シフトを就業規則で定めることは事実上不可能であると主
張した。このような主張は、多店舗展開する飲⾷業やサービス業においては⼀定の説
得⼒を有するものともいえる。
しかし、本判決は、事業規模を理由とする例外を明確に否定した。この判⽰は、変
形労働時間制の趣旨に⽴ち返り、労働者保護の観点から制度の厳格な適⽤を求めるも
のとして評価できる。⼤企業であればこそ、適切な労務管理体制を構築することが期
待されるのであり、事業規模の⼤きさは変形労働時間制の要件緩和の理由とはならな
いという判断は妥当である。
(3)勤務割表の就業規則該当性の否定
本判決は、店舗の店⻑が作成する勤務割表を就業規則と同視することはできないと
判断した。Y社は、勤務割表が各店舗において事前に周知されていることをもって、
実質的に就業規則に基づく運⽤がなされていると主張したが、裁判所はこれを退け
た。就業規則には原則となる4つのシフトのみが規定されており、店舗独⾃の勤務割
を就業規則等と解することはできないとしたのである。この判断は、就業規則の意
義・機能を重視するものであり、変形労働時間制の「特定」を就業規則等によって⾏
うという法律に忠実なものといえる。
関連判例との⽐較
(1)岩⼿第⼀事件(仙台⾼判平成 13 年8⽉ 29 ⽇労判 810 号 11 ⾴)
岩⼿第⼀事件は、変形労働時間制における労働時間の「特定」について、勤務割が
勤務パターンの組合せのみによって決定されることに加え、その組合せの法則、勤務
割表の作成⼿続および周知⽅法等が就業規則等で定められ、労働者の予測可能性が確
保されていることが必要である旨を⽰した。
本判決も、同事件の判断枠組みに沿って、シフトパターンの定め⽅や作成⼿続の明
確性に加え、例外運⽤(変更)の余地が広く残されていないかという観点から、特定
要件の充⾜を否定した点で共通する。
(2)JR ⻄⽇本(広島⽀社)事件(広島⾼判平成 14 年6⽉ 25 ⽇労判 835 号 43 ⾴)
JR ⻄⽇本(広島⽀社)事件は、変形労働時間制における勤務変更の可否が争われた
事案である。同判決は、就業規則上の勤務変更規定が⼀般的抽象的なものにとどま
り、使⽤者が任意に勤務変更しうると解釈しうるような条項では「特定」の要件を満
たさないと判断した。また、勤務変更は業務上のやむを得ない必要がある場合に限定
的かつ例外的措置として認められるにとどまるとした。本判決における「原則とし
て」という留保⽂⾔の評価は、この JR ⻄⽇本事件の判断と⼀致するものである。すな
わち、使⽤者に裁量の余地を残す定め⽅は、労働時間の「特定」として不⼗分である
という判断である。
(3)ダイレックス事件(⻑崎地判令和3年2⽉ 26 ⽇労判 1241 号 16 ⾴)
ダイレックス事件は、所定労働時間に加えて残業時間も加算されて勤務割が作成さ
れていた事案において、変形労働時間制の法定労働時間の総枠を超えるものとして無
効と判断した。同事案では、⽉ 200 時間を超える勤務シフトが組まれ、残業代は 30
時間分のみが⽀払われていた。本判決とは争点が異なるが、いずれも変形労働時間制
の要件を厳格に解釈し、その逸脱を許さないという姿勢において共通している。
(4)⼤星ビル管理事件(最⼀⼩判平成 14 年2⽉ 28 ⽇⺠集 56 巻2号 361 ⾴)
⼤星ビル管理事件は、変形労働時間制における労働時間の特定について、⾏政解釈
と同様の⾒解を採⽤した最⾼裁判例である。同判決は、就業規則等で各勤務の始業・
終業時刻及び各勤務の組合せの考え⽅、勤務割表の作成⼿続や周知⽅法等を定め、各
⽇の勤務割は、それに従って変形期間開始前までに具体的に特定していれば⾜りると
した。本判決は、この⼤星ビル管理事件の判断枠組みに則りつつ、Y社の就業規則が
この要件を充⾜していないことを具体的に指摘したものである。
結語
変形労働時間制は、時期により業務に繁閑のある場合や交代制労働の場合などに労
働時間規制を柔軟化する⼿段として⽤いられる。この制度においては、単位期間にお
ける各週・各⽇の所定労働時間を具体的に特定しておく必要がある。その趣旨は、労
働時間の不規則な配分によって労働者の⽣活に与える影響を⼩さくすることにあると
されている。
業務の繁閑に応じた効率的な労働時間配分を可能にする有⽤な制度であるが、労働
者の⽣活設計の予測可能性を確保するためには、厳格な要件の下でのみ認められるべ
きである。本判決は、この原則を改めて確認したものとして、実務上重要な意義を有
する。
シフト制勤務が広く普及している現状において、変形労働時間制の厳格な要件解釈
は、実務上の困難をもたらす側⾯もある。もっとも、労働者保護の観点からは、事業
者の都合による柔軟性よりも、労働者の⽣活設計可能性を優先すべきであり、本判決
の判断枠組みは基本的に⽀持されるべきである。今後、裁判例の蓄積及び⽴法論とし
ての検討を通じて、労働者保護と企業の労働時間管理の柔軟性のバランスが図られる
ことが期待される。
1 ⽔町勇⼀郎『労働法 第 10 版』(有斐閣 2024 年)279 ⾴




